芸術家、麻生花児氏が後世に残した功績とは?

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麻生花児は、2006年3月11日に穏やかに永眠の途につきました。教育者、芸術家、テノール歌手、冒険家、美食家、哲学者など多彩の顔を持つ彼は、1973年アートの学校法人、カジ・アソウ・スタジオ (Kaji Aso Studio)をボストンに設立しました。

彼はボストンに日本文化と西洋の文化、ビジュアルアート、音楽、詩、哲学、演劇、美味しい食事、川下りの旅、ボストンマラソンを全て行いました。33年間、麻生氏は、またボストン美術館附属美術大学の教授を務めました。

彼のアート作品は、ボストン美術館や東京国立近代美術館(東京)をはじめ、世界の多くの美術館のコレクションとして収蔵されています。そして彼のエッチング作品8点は、1988年1月、日本の国有財産として登録されています。

才能あるテナー歌手として、麻生氏は、オペラやイタリア・日本の歌などを演奏してきました。

彼は、36回ボストンマラソンを走り、ミシシッピー川、ボルガ川、ナイル川など世界で最も長い川をカヤックで下る先導役もしてきました。また、彼はボストンではじめての日本の茶道の為の茶室を設計し建設しました。そして、彼はそこで“茶会”と“茶道の会”を主催してきました。

1980年に麻生氏は、かつて「功を立てたボストン市民」としてボストン市より認められました。そして2002年にボストンマガジンは彼を「私達が愛するボストニアン」の1人にも選出しました。

寛大な人物、尽きる事のない思いやりのセンス、人々を勇気づける精神、それらは今後も、彼と深く生活に接した人々によって思い出される事でしょう。彼は、姉妹、兄弟、姪、甥達を残し永眠の途につきました。追悼式は、3月29日、午後7時よりマサチューセッツの集会議事堂の大ホールで行われました。

[出典:kaji.aso.comより 和訳:ボストン留学サポート・小松志行]

ボストン市は、故・麻生花児氏の功績を称え、歴史と伝統のある米国最古の公園・ボストンコモンに桜の記念樹と彼の残した俳句の記念碑を贈りました。毎年、春の季節には、麻生氏の桜がボストン市民や遠方から来る観光客の心を和ませてくれます。

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麻生氏は、俳句を通じ、日本文化の価値や奥深さを西洋に伝え、ボストン市民をはじめ、多くのアメリカ人に愛されました。
Mr. Aso

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